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消化管内視鏡を育てた人々

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第2回 胃カメラはどのような時代に出現したか─日本の胃鏡検査

長廻 紘(群馬県立がんセンター 院長)

   胃カメラが発明特賞をうけた昭和29年(1954年)に、次のような論文がある。『本邦に於ける胃鏡検査の普及は極めて遅れ、現今なお本法を日常使っているものは少ない。著者は日常胃疾患の診断にレ線検査と胃鏡検査とを併用しており、現在までの胃鏡観察経験は2000回を超え、種々な点より本法の診断的価値が甚だ高いものであるとの確信を深め、微力ながら本法の普及に努力しているものである。』〈常岡健二:胃鏡検査法の沿革とその診断的意義、最新医学〉

常岡先生(本誌283号表紙より)

   胃カメラが産みの苦しみをしていた頃、日本において軟性胃鏡を駆使して今日の内視鏡隆盛の基礎を築いておられた常岡健二先生に、当時のお話をうかがうことができた(1999年6月、東京平塚病院にて)。
   “昭和15~16年頃、沖中重雄先生がドイツから軟性胃鏡を持って帰られ、東大第2内科で近藤台五郎、岸本克己の両先生が使っておられた。私(常岡先生)は昭和21年に仏領インドネシア(仏印)から復員し、第2内科へもどった。消化器をやるつもりはなかったが、教室の人員配置の都合で消化器を専攻することになった。胃鏡を始めたのは昭和22年頃で、そのうち上記先輩が転出され、自分が責任者となった。入院患者は片端から胃鏡検査を行ったが、苦しい検査であることには定評があり、内科の鬼(あることに精魂を傾ける人、おそろしい人の両義)と陰口をきかれていた。教授に直訴する患者もあった。しかし、診断能には自信があったので意に介さなかった。検査時問は15~20分平均であった。当時内科系には胃鏡をする人はなく、外科系に若干おられた。検査の難しいのは幽門の小弯側、体上部・噴門直下であった。”
   長くお話いただいたことを、ごく簡略に記すと、このようなことであった。早期胃癌という術語はまだ使われていなかったが、それに相当する病変はごらんになっていたようである。最も記憶に残るのは次のような例で、今昔の感にたえない。
   “体上部前壁の低い隆起性病変(IIaに相当)があり、表面は蒼白であった。手術することになったが、術者が開腹して外から触っても病変を触れず、切除しないで閉じた。忙しくて自分が手術室へ行くのが遅れ、着いたのは閉じた後だった。1年後再検査したときには進行していて、すでに手術不能の状態で、たいへん残念な、今でも記憶しているケースである。”
   常岡先生は日本における胃鏡の頂点をきわめ、かつその幕を引かれた方であるが、そこへ至るまでの道のりは長いものがあった。前記の沖中、近藤らに〈内科領域に於ける胃鏡検査の価値特にレ線検査との比較に就て〉(実験医学、昭和11年)という論文がある。『胃疾患の診断法は近世種々なる改良進歩を遂げ、胃の諸種疾患は従来より正確に、又早期に診断し得らるゝに至れり。例えばレントゲン線検査に就きて云えば、従来単に造影剤を多量に與へて、胃の外形、或は蠕動のみを知り得たるに、近来は少量の造影剤を與へ、適当なる圧迫を加ふることにより胃粘膜ひだ像を現出せしむる方法が創始せられ、胃疾患診断法に一大進歩をもたらした。』『余等も近来胃鏡検査法により内科的方面より胃疾患を検討せんと試みつつあり。既に述べたるが如く、胃鏡検査法により最も恩恵を受くるは胃炎の診断にして、余等は本法により従来より比較的多数に胃炎患者を診断し得たり。』『余等は昭和10年5月始めより同年11月末日までに総数76名の患者に就き80数回の胃鏡検査を行ひたり。』『胃炎の診断に関しては上述の如く胃鏡検査法は欠く可らざるものであるが、胃潰瘍及び胃癌の診断に関しては現在にても尚レントゲン線検査法が重要なる役割を演ずることは諸家の認むる所である。即ち、潰瘍、癌の如き胃の一小部分の変化によりて起る疾患に対しては、胃鏡検査法が盲点を有する(下線筆者)ことが欠点となるのである。余等は13例の胃癌患者中、11例に於て腫瘍を観察し得たるが、レントゲン線検査により壁龕を認めたる12例の胃潰瘍患者に於ては潰瘍を十分に観察し得たるものは僅かに6例に過ぎず』

胃鏡の挿入深度(文献1)より引用)

   日本で、早く胃鏡を使い、沖中らが直接指導を得たることを感謝すと論文中に記している中谷隼男(帝国女子医専外科教授)は内科学会にて、〈柔軟胃鏡供覧(日本内科会誌、21、昭和8年)〉として、『外遊中胃直達検査法をして居たが、本年5月持ち帰って本邦人に就いて行って見た所大変具合が良い。』『使用方法は右側位でゾンデを入れ、胃の大彎に突き当て見ながら、それに沿って進むと幽門が見える。之で見当を付けて胃内壁全體を見ることが出来る。従来の胃鏡は硬直であるために習熟した人でも幽門を見ることは非常に困難であった。又胃内壁を損傷せしめる危険もあった。本胃鏡を用ふれば潰瘍は勿論粘膜の色、襞をも見得る。使用時患者は咽喉の奥が苦しいと云う程度の訴をする。』
   近藤先生の回顧によると、『私が中谷教授に“手ほどき”を受けたのは昭和10年頃のことでした。咽頭部の局所麻痺のしかたから始まって、助手としての被験者の頭の固定のしかた、最後に胃鏡挿入法と順を追って教わったのです。(中略)さて一応中谷先生のクルズスを終って以後は、私はSchindlerのGastroscopyという本を唯一の手引きとして、いわば、闇くもに、やっていました。観察方法、また観察したものの意味付け等を先輩に、実地に教えてもらう機会は全くありませんでしたから。』
   びまん性疾患(胃炎)の診断が主体であった中谷や、近藤らの昭和10年代から、潰瘍・癌といった限局性病変も診断できるようになった常岡の昭和20年代後半まで、多大なる努力が積重ねられたのは想像に難くない。しかし、使いこなすまでには特別の修練を要し観察難所ならぬ盲点もあり、患者に与える苦痛も大きかったので、残念ながらそれほど普及することなく、やがて現れた、より安全確実に胃内観察ができる胃カメラやファイバースコープに胃鏡はその座をゆずることになる。

文献

1)常岡健二、竹本忠良:早期胃癌診断学講座III、ファイバーガストロスコープ診断、文光堂、昭和40年
2)近藤台五郎:胃鏡の歴史に思う、Gastroent, Endosc., 20, 999-1001(1978)

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