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クリニシアン・消化器関連情報

消化管内視鏡を育てた人々

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第8回 上部消化管パンエンドスコピー(付食道鏡)

長廻 紘(群馬県立がんセンター 院長)

   「1978年にわれわれが、胃透視なしに最初から細径前方視鏡により食道、胃、十二指腸を同時に検査することを提唱してから、15年余が経過した。この方法は今では世界中で定着し、上部消化管内視鏡検査の9割以上に達しているであろう。」(多賀須幸男「パンエンドスコピー:上部消化管の検査・診断・治療、医学書院、1994年(写真1)」序文冒頭)。
   長い内視鏡の歴史に精通し、内視鏡検査の経験深い多賀須先生でこそできた、上部消化管内視鏡検査における発想の転換であった。今ではパンエンドスコピーが常識になってしまい、逆に胃の検査には側視鏡もすぐれていることを理解できない人がいるようになった。上部消化管のあらゆる部位を直視しつつ挿入をすすめていくので、パンエンドスコピーでは昔の胃の内視鏡検査にあったような不安を感じることなく検査をすすめることができる。もちろん食道にかぎらず、咽頭、喉頭の病変をみつけることもできる。

(1)“パンエンドスコピー”

   上部消化管である食道、胃、十二指腸の内視鏡はそれぞれ独自の発展をとげた。食道は硬性鏡に源を発する直視鏡、胃は胃鏡時代より側視鏡、十二指腸は胃の付録という感じで側視鏡、であった。この方式の違い(直視・側視)、胃に圧倒的に病変が多い、などといった理由で、上部消化管内視鏡といえば胃の検査が主流で、食道は胃の検査時における単なる通路であり、食道鏡は特殊な検査という位置づけであった。
   時代を越えた示唆に富む記述の多い竹本の“胃と腸内視鏡検査のポイント”であるが、その中に次のような記載がある。「日本の内視鏡が、胃に主焦点をおいているのは当然のことであるとしても、胃のファイバースコープと比較して考えれば、もっと食道のファイバースコープがのびてもよいのではないかと思うし、内視鏡学会などでも、食道鏡に関係した演題がいま少し増えてもよいのではないだろうか。もっとも食道ファイバースコープと名前がついても、なにも食道の観察にだけ使う必要はないので、胃上部、切除胃など胃内の観察にも現実に用いられている。ファイバースコープを食道とか胃とか臓器別に命名してしまう、これまでの名づけ方は、ぽつぽつ一考を要するのかもしれない。」

パンエンドスコピーの開発

   古い時代の内視鏡検査は精度が低い(解像力が低く、盲点が多い)というハードルがあり、小さな癌の診断は主目的とはされていなかった。癌はもっぱらX線の仕事とみなされていた。そうした中で、内視鏡は出血源を明らかにする、というのがひとつの役割であった。胃鏡の時代にパーマー(米国)は上部消化管出血(吐血)例に対してvigorous diagnostic approach、今でいうパンエンドスコピーを行っている。アイデア倒れに終わった試みは別にして、実効性を伴った上部消化管パンエンドスコピーの始まりといえる。消化管内視鏡は危険な検査であり、あらかじめX線検査で情報を得てから行う、というのが常識であった。パンエンドスコピーを積極的に行うというのは、そういう常識との戦いでもあった筈である。
   ロ・プレスティは、同じ器械で食道と胃の両方の検査を連続的に行うことを目的として、食道鏡の改良型を作った。食道鏡としては直視で観察し、胃の方は直視鏡をup, down各120度の先端部屈曲によって観察する。導光式で有効長は770㎜、F/2.3のレンズの明るさで固定焦点方式をとり、1㎝から∞まで焦点内に入る。視野角は約70度と広い。スコープの最先端から44㎜のところが屈曲することはACM製品の特徴の一つとなった。自動および手動で送気と吸引のコントロールができる。胃内のオリエンテーションをつけるに、当然アングルを適切に行う必要があるわけで、胃角は最大限のupを使ってみる。幽門軸も左側臥位で98%にみえたという。難点は弯窿部の観察に非常に弱いことである。こういう一本のスコープで食道と胃を兼用するという考えは、transesophagoscopic gastroscopyのように昔からあった。
   このような水面下の動きはあったものの、胃を精細に観察するには、側視鏡でないと駄目、というのが通念であった。すなわち直視鏡では胃内に盲点が多く、したがって見逃しも多い、ということである。
これに真向から異をとなえ、直視鏡で胃内をくまなく観察できることが理論的にも、実際にも可能であることを示したのが、多賀須幸男(多賀須消化器科内科クリニック、写真2)であった。胃の検査が直視鏡で十分となると、食道から十二指腸まで一本の直視鏡ですますことができる。パンエンドスコピーの誕生である。

(2)多賀須先生

検査中の一コマ

   賀須先生に、パンエンドスコピーの発想などについて、おききした。「小生の成功は基本的にいえば、オリンパス光学がよい内視鏡を作ってくれたということに過ぎません。」と、非常に謙虚な発言がまず聞かれた。
「当時の食道鏡は、胃の中まで覗こうという気を起こさせるような使い易い器械ではありませんでした(アングルが2方向で僅かしかきかない)。したがってパンエンドスコピーは食道鏡の延長という発想ではなく、あくまでも胃をよくみる、ということが主体でした。胃の検査に側視鏡が使用されたのは、ライトガイドで外部から照明光を送れるようになるまで、前方視鏡が技術的に作れなかったためと思います。径1㎝前後の先端にレンズと並んで取り付けられるほど微小な豆電球の製造が不可能であったためです。」

   ──先生が前方視鏡に関心を持たれたのは、どのような理由からですか。
   「1971年に国際対癌協会のルーズベルト奨学金を貰って、“日ソの胃癌と慢性胃炎を比較する”という口実でモスクワに6ヵ月ほど滞在したときに、オリンパスのGIFを貸りて持って行きました。当時日本では、ファイバースコープ付き胃カメラを用いていましたが、ソ連では胃カメラのフィルムの現像ができなかったからです。
   このGIFは小生が聞いたところでは、CFの先端部を少し変えて全長を少し短くしただけのひどいもので、当然非常に使い難いものでした。しかしこの器械を使用して半年間に600例余りの食道・胃・球部の検査を経験しました。そのなかで噴門部のIIaなどを診断できたのが、パンエンドスコピーに期待と自信を持った始まりです。
   細くて解像力がよいファイバースコープが作れたのは、グラスファイバーの束の効率的な製造に成功したためです。ガラスの糸を捲くのではなくて、何種類かのガラス棒を束ねたものを金太郎飴式に長く延ばしたあとで、その間に組み込まれていた酸に溶けるガラス線維を溶かして細い線維束を効率よく製造する方法です。これによってガラス線維束の品質も、製造工程も非常によくなりました。」

   ──どのようにしてアイデアを現実に持っていかれましたか。
   「胃透視で疑問がある例の精密検査としてではなく、最初から内視鏡で上部消化管を観察すべきであると考えて、(1)細径で、(2)先端がよく曲がり、(3)解像力が優れ、(4)照明が明るく、(5)単純な構造のファイバースコープの開発をメーカーに提案した。幸い光ファイバーの束を作る新しい方法が開発されたこともあって、この要望をほぽ満たすスコープ(GIF-P2)が1976年に発売された。このスコープを使用し始めて間もなく、噴門と幽門の小さな早期胃癌を相次いで診断でき、最初から内視鏡を用いて検査する方法が安全で優れたものであることが分かり、1978年に報告しました。」
   側視鏡で胃の検査をしていた頃は、咽頭がよく視えないので勘に頼って挿入していた。食道を通過しながら病変をみる努力をしないことに対して若干のやましさはあったが、仕方ないと考えていた。
   多賀須のアイデアは、すぐには受け入れられなかったが、フラッシュ方式の光源の普及でよい写真を撮影できるようになったこともあって、短い期間で追試承認されるようになった。最初に賛成したのは、第一線の臨床家であったという。

   ──トレーニングにより克服できるとはいえ、直視式では袋状の臓器である胃に盲点が生じ易く、距離による見え方にも変化があります。常に胃内を隈なくみているかを、どのようにチェックなさったのでしょうか。
   「パンエンドスコピーはスクリーニングの要素のつよい検査であるから、胃内観察にもれがあってはならない。自分なりの盲点のない観察法の手順を決めておいて、その通りに検査をすすめる。高い診断精度を維持するためには、各部を一定の順序で観察し、病的な所見の有無にかかわらず要所要所を写真撮影する必要がある。私らは胃切除後を除く全例で、フィルム2本40コマの撮影を理想としているが、保険の要請があって、現在はフィルム1本20コマを基準にしている。このことは欧米人には理解しにくいようであるが、はっきり分かる病変だけを撮影している欧米では、早期胃癌の診断ができないでいる。」

   ──最初は反対というか雑音も多かったと思いますが、どういうふうに説得なさいましたか。
   「気張った説得などしませんでした。当時の私達のチームの透視の写真は、あれこれ工夫したのですが、他施設に見劣がする出来栄えでした。それで、命令をした覚えはありませんが、最初からパンエンドスコピーで検査する事例が次第に増え、その数がある程度まとまったところで報告しました。その論文の題名は『GIF-P2の使用経験』となっていて、副題の最後に“これからの消化管検査のありかたに関する一考察”と遠慮がちに付けてあります。逆の順序の題名では、内視鏡学会誌にアクセプトして貰えないと危惧したからです。後にX線がご専門の都立がんセンターの西沢護先生が、パンエンドスコピーが胃透視より優れていることを精密な検討で科学的に証明されて、雑音は無くなりました。」

食道鏡

   1881年にミクリッツが最初の食道鏡に成功して以来の食道鏡の技術的進歩は、白熱電球の小型化(エジソン、1885)ぐらいで、ファイバー光学系の実用化までさしたることはなかった。食道のファイバースコープは、1964年にロ・プレスティの考案したものがACMIより発表された。竹本は、「まずい製品であり、使いものにならなかった」と述べている。すぐにその難点を改良した国産の食道鏡が町田製作所より発表された(国内でのファイバースコープの最初の試作は1965年3月、亀谷らの“管腔用ファイバースコープ”である)。

   早くから食道鏡に取組み、国産ファイバー食道鏡の開発にたずさわれた小暮喬先生(東邦医大名誉教授、現東京顕微鏡院理事・診療所長)に食道鏡の歴史について、おききした(1999年12月)。
   「食道鏡はファイバースコープが導入されるまでは耳鼻科が主として異物の摘出に、その後外科が、がんの術前診断に用いていました。硬性直達鏡でしたので、いかに早く目的を達するかが関心事でした。やっと1960年前後に、診断を重視した川島式硬性食道鏡が市販されました。これはビニールチューブを先にのみ込み、金属の外筒をこれに通し、さらに内筒をいれて観察するもので、内筒は食道観察用硬性直視鏡と胃観察用側視鏡(先端のプリズムで屈曲)が有り、解像力と写真記録の点では他のスコープより優れており、食道・胃を同時に制限つきながら観察できました。硬性鏡であり、患者の苦痛、偶発症の対策が望まれ、より安全性の高い内視鏡の出現が望まれてきました。1965年、私が中心になって国産ファイバー食道鏡FES(町田製作所)を完成させました。直視鏡で有効長が63㎝でしたので、当然視られれば胃角なども観察していました。しかし、解像力をよくするため視野角は狭く、アングルもファイバーの保護のため限定されており、胃内の観察範囲は自ずと制限された。そこで以後、視野を広げるため直視・前方斜視鏡、パノラマ式などが次々に試作されました。このころ町田製作所のファイバースコープ制作担当専務から“胃は側視でなければならないか”と質問されたことを覚えています。ファイバースコープが柔軟とはいえ竹本先生が、胃の側視鏡FGS-Aで透視下で苦労して噴門を反転観察に成功した時代で、ファイバースコープの開発黎明期は胃側からも食道側からも、細く柔軟性のあるスコープでの観察盲点・観察難点の克服が望まれていました。
   食道から胃さらに十二指腸まで一本のスコープで視たい、これは内視鏡に携わるものの共通の夢だったと思います。私は当初噴門部までは食道鏡の範囲と考えていましたが、ファイバーそのものがまだ太くかつ硬く、解像力をよくしたいため視野角を広げられず、これを補うため先端アングルを360度にするのに4、5年を要しました。開発後も改良を重ね、先端力ーソル機構、焦点調節機構など多少の差はありましたが、先端部アングル機構を改善し、咽頭から噴門直下も観察の対象として観察盲点を克服しながら、見える範囲はできれば胃幽門部も、とくに切除胃では小腸を観察していました。」

   ──当時は、食道を内視鏡でみるのは、あまり内科系の先生方では一般的ではなかったと思いますが。
   「私が内視鏡を始めたのは1958年(昭和33年)9月頃からで、当時、東大第三内科(沖中内科)消化器部門のチーフであった竹本忠良先生のおすすめによります。それまで東大放射線科は治療が主体で、宮川正教授が診断を強化すべく田坂晧助教授をお招きになりました。田坂先生は消化器透視診断に島津製作所と共同して、現在のX線テレビの基となる国産初の5インチ蛍光増倍管を開発され、私も臨床応用のお手伝いを担当させていただくこととなりました。しかし放射線科には症例がないこともあり、私は竹本先生のもとに“胃”の勉強のため1~2回伺うことになった。そのおり竹本先生から「本当に消化器を勉強するならX線だけでなく内視鏡や病理の勉強もするように」とのご指示を金科玉条と考え実行したのが始まりです。初めは見せていただく程度のつもりが、胃粘膜の色調、疾患や動きを直接観察できるその情報量の多さに魅せられ、X線像を理解するためにも本格的に内視鏡を学ぶことになりました。食道をやる人がいなかったので、私が食道の専門家のはしりとなりました。」

   食道癌を治る病気にされた中山恒明先生のもとで、硬性鏡の時代から食道鏡を駆使し、現在なおその第一人者でおられる遠藤光夫先生(東京医科歯科大名誉教授、写真3)に、初期の食道鏡についておききした。

   ──先生が食道鏡を使い始められた頃の様子をお教えください。
   「食道鏡検査には、昭和40年頃までJackson-小野タイプの硬性直達鏡も用いていました。直達鏡の先端まで小型電球による光源を誘導して照明とするものです。このような直達鏡の経験は、外科医、消化器内科医ですと、1998年現在で60歳以上の年齢の方しかもっていないと思います。ACMI社の食道鏡がわが国に輸入され、はじめてその臨床経験が慶大外科より報告されました。わが国の食道ファイバースコープは、オリンパス光学、町田製作所とで開発が始まりました。ロ・プレスティのものとちがって既に先端アングル機構(Up&Down25度)をもっていました。タングステンランプのランプハウスよりのクールライトを利用していますが、送気には2連球を用い、吸引も操作部のコックの開閉を必要としていました。私達ユーザーよりの意見として、メーカー(オリンパス)に食道のような動きの激しい臓器の観察で、術者が右手で内視鏡の挿入・抜去とともに、送気したり、吸引のコックを開閉したり、生検鉗子を挿入したりするようでは細かい観察ができず、また、撮影時距離によってシャッタースピードを合わせるようではシャッターチャンスを逃すなどから、何とか送気、送水、吸引などを左手で操作できるようにと申し入れました。この方式は全ての内視鏡に取り入れられていますが、食道鏡から始まりました。」

(3)遠藤先生

経鼻的食道観察の一コマ

   ──ついでに胃もみるということもされていましたか。
   「食道用ファイバースコープも胃内まで必ず挿入しました。噴門部~穹隆部、胃体部、胃角上までは近接観察ができましたが、前庭部、幽門部は遠方からの観察にとどまりました。」

   ──食道専用鏡(短い直視鏡)検査はどのように?
   「短い食道用ファイバースコープ(EF)は、検査距離の短い食道の内視鏡検査に、使い易い、操作し易いという利点で使ってきました。電子スコープになって、特注として“short電子スコープ”を作って貰いました。使用してみて主な利点は、(1)下咽頭から食道入口部付近の観察、生検が容易。(2)食道の治療内視鏡検査がやり易い。治療内視鏡検査も以前は食道・胃内異物の除去やポリペクトミーなどが多かったのですが、最近はEMRがふえ、とくに下咽頭や頸部食道でのEMRには短い電子スコープの方が操作し易いことを経験しています。(3)食道再建術後の内視鏡検査。吻合部が胸骨柄より頭側と高位で、しかも偏位していることが多く、吻合部の観察と狭窄の切開やブジールングなどの治療にも操作が容易と思いました。」

文献

1)亀谷 晋ほか:ファイバースコープに関する研究、管腔内視鏡の試作、Gastroent, Endosc., 5, 101(1963)
2)遠藤光夫:食道内視鏡検査の変遷(In.山田明義編、食道疾患研究会30年の歩み、1998)

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