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消化管内視鏡を育てた人々

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第19回 色素・拡大内視鏡検査法 (1) 胃の色素法

長廻 紘(群馬県立がんセンター 院長)

   色素内視鏡検査法(色素法)とは、通常の観察で得られるものより、より詳細な所見を、あるいは通常観察では得られない所見を得ることを目的に、何らかの方法で色素を粘膜面に用いて行う内視鏡検査である。コントラスト法(色素撒布法)、染色法、色素反応法が主なもので、特殊なものとして蛍光内視鏡検査法がある。

コントラスト法

   色素内視鏡は、消化管粘膜表面に色素を撒布して、この色素液が凹凸の凹部に溜まることを利用して、凸部をより強調して観察し易くしようとするものである。順天堂大学内科の津田靖彦(写真(1))、青木誠孝らがファイバースコープの通水管をつうじて病変部にメチレンブルー、エバンスブルーおよびカルジオブルーのような色素剤をゆるやかに一様に撒布する方法(コントラスト法)として始めた。

   開発者の一人、青木誠孝(現神奈川県予防医学協会理事)先生におききしました。
   「消化器関係の三学会の合同秋季大会が行われていた40年前後にプログラム終了後、若手研究者が自由に斬新なアイデアを発表できる夜の研究会という場があった。冒頭にいちごにミルクをかけたスライドを写してその意義を強調して、色素剤散布による内視鏡検査の試みを最初に発表したのはこの会であった。昭和41年に東京で開催された第1回世界消化器内視鏡学会に「色素剤散布法」として正式に発表した。ファイバースコープの登場とともに粘膜に積極的に手を加えて、より詳細な所見の把握を試みる第一歩として色素を応用したのである。

(1)津田靖彦先生

   橙赤色の胃粘膜面に青色系の色素剤を散布してコントラストをつけ、その凹凸の変化を浮きぼりにして詳細な所見を追求することは、単眼視による内視鏡観察の短所を補う上で有用であった。当初は0.6%エバンスブルーと0.4%カルジオブルーの混合溶液を用いた。これによって、通常観察では困難であった胃小区像を容易にかつ広範に観察しうるようになり、慢性胃炎の内視鏡診断を胃小区単位の水準まで向上させた。この方法は、内視鏡を用いて積極的に生体に手を加えるという観点から、ポリペクトミーをはじめとして内視鏡治療学へと展開していくturning pointになったと自負している。(消化器内視鏡、1989)」

   津田、青木らは山川邦夫教授の方針で近藤、竹本、福地創太郎の指導をあおぎ内視鏡の研究を進めていた。「近藤先生にX線透視と内視鏡を手ずから教えていただいた幸せのなかで、先生の方からこれはこうだといわれたことはない。先生はヒントを与えてあとは自分の頭で考えよという態度であられた。近藤一門の物の考え方から色素内視鏡はこの世に出る機会を与えられたと思っております。学会前に竹本先生から毎回スライドのチェックを直前にされて閉口し、発表後は福地先生から自分なら色素なぞかけなくてもあの程度の胃小区なら見えるとおどかされという日が続いたのです。」

   コントラスト法は、京都府立医大増田内科の川井啓市(現湯川胃腸病院名誉院長)、井田和徳(現朝日大学内科教授、写真(2))らがプロナーゼを応用することを発表したことで大きな飛躍をもたらした。井田は次のように回想している。
   「色素内視鏡を始める契機は、1971年の内視鏡学会のIIbシンポジウムに参加したことでした。その準備のために、IIb病変の切除固定標本のスライドをルーペで見直したところ、病巣部の表面には微細な異常凹凸があることに気づきました。この微細な凹凸を内視鏡でどうしたら表せるかと考え倦んでいた頃、順天堂大学内科で開発された色素撒布法の論文が目に止まりました。“病巣部の凹凸が明瞭になる”と記されておりました。しかし、付着粘液が着色して、かえって見にくい例もあったのです。

(2)井田和徳先生

   色素の効果を確実にするためには、まずその粘液を取り除くのがよいだろうと考えました。粘液を溶解するために、市販の消化剤を投与してみました。しかし、30分間ぐらいではその消化剤は溶解されずに粘膜面に付着しておりました。そこで水溶性の蛋白分解酵素剤を試みてみました。そのうち、プロナーゼが強力な粘液溶解効果を示しました。約6ヵ月間京都市内の病院で基礎的な検討をし、粘液除去法の骨子ができました。早速、母校の大学病院で応用を始めました。ところが、なぜか大学では、ほとんどの例で多量の粘液が着色する最悪の像でした。責任を感じて悩んでいた頃、その市中病院でのガスコンの量が大学より多く、しかも水で2倍に希釈していることに気付きました。このことから、ガスコン希釈液による洗い流しが必要があると考え、思い切ってガスコン溶液を80mLに増やしました。しかし、それでも市中の病院例ほどきれいな像は得られませんでした。そこで思い当たったのが、プロナーゼは酵素であり、至適温度があるはずだということでした。なるほど、市中病院では水道水を使用しており、大学では温度の低い地下水を利用しておりました。そこで粘液溶解液の投与時の温度を40℃前後に調整しました。これでやっと満足な色素像がコンスタントに得られるようになりました。でき上がってみれば単純な方法であり、まさに“コロンブスの卵”でした。
   使用する色素の特徴についても検討をして、前述のシンポジウムの翌1972年に前処置法を含めて胃の色素法の成果を内視鏡学会に報告しました。インジコカルミン・コントラスト法による胃底腺・幽門腺粘膜の鮮明な小区像、明瞭な腺境界像、メチレンブルーによる腸上化生、腺腫の美しい生体染色像は会場内に一種のどよめきを呼んだのを今も思い起こすことができます。
   これで色素内視鏡も順調に普及すると考えておりました。ところが、著明なある内視鏡の先生から色素法無用論、X線の大家から色調で診断する内視鏡に色素液をふりかけるとは何事かといったお叱りもありました。いろいろな意見をのり越えて色素法は定着・普及してきました。」

染色法

   東京女子医大消化器外科の鈴木茂(現内視鏡科教授、写真(3))らはメチレンブルーを円柱上皮の染色に用いた。色素染色法は、より簡単に病変を発見することを目的に始められたが、研究がすすむにつれて、色素によっては正常粘膜だけが染色され、病変部は染色されないといった現象も明らかになった。不染部を発見することによって病変の状態を知ったり、正常消化管粘膜上皮の染色状態から、その上皮の正常機能や病的状態までも知ることができるまでに、この目的は拡大されてきた。

   ──鈴木先生に、色素法をはじめたきっかけなどについておききしました。
   「そもそも、最初にトルイジンブルー(TB)を使用したのは、無害で、色調もよく、入手し易い色素はないか、と探していたときに、たまたま薬局にあったのが、メチレンブルー(MB)とTBで、MBはすでに使われていたので、TBにしたという、まったく単純な理由からです。確かに、胃癌も染まりますが、食道癌のほうがより強く染まる、ということが分かってきた頃に、StrongとRichartの文献を見て、ああ、やっぱりこんな仕事もすでにやっている人がいるんだ、と感心した始末です。そして、食道癌は扁平上皮癌なのでよく染まるんだと、納得したわけです。丁度その頃、京都府立の井田先生らがプロナーゼを使った散布法を報告され、着色法(当時はこう呼んでいました)に取り入れたわけです。

(3)鈴木茂先生

   その後、TBは、どうも色調が紫青色で、胃粘膜の赤色調と混じると、あまりすっきりした色合いにならないこと、少量でも、腹痛のような副作用が強いこと、などから、また改めてMBで始めた、ということです。もともと、MBも構造式はTBとほとんど変わらないものですから。これが、食道癌にはTBを、胃癌にはMBを使うようになった、そもそもの理由です。
   また、蛋白分解酵素を用いる前処置が、やや繁雑で、1~2時間と長時間かかることで、これを何とか簡単にできないか、という理由で改良したのが、カプセルにMBを封入して、自宅で蛋白分解酵素剤と一緒に服用してくる、という方法です。
   その後、TBやMBで腸上皮化生が染まることが分かり、竹本先生にこのことをお話したところ、“鈴木君、そんな馬鹿なことをいうなよ”と一笑に付されたことがあって、それではこの現象を何とか説明しようと、躍起になったことも忘れられません。この吸収現象の証明が、また大変で、十二指腸粘膜もこれらの色素で着色されますし、尿がこの検査後に青染されることからも、腸粘膜からこの色素が吸収されることは間接的に分かっておりましたが、腸上皮化生の上皮に吸収機能があって、色素が吸収されることを証明したかったわけです。生検組織を普通の固定、染色の過程を通しますと、MBはほとんどが溶け出してしまい、どこの細胞に取り込まれているかが分からないわけです。
   そこで、慎重に凍結切片を何回も切り出してもらい、やっと上皮細胞内に一面に色素が取り込まれた切片を常に得ることができるようになったのです。その後は、ご承知のように、組織化学染色で吸収細胞を染色したりして、今では、誰も腸上皮化生がこれらの色素を吸収して着色するという現象を疑う人はいません。」

   ──この連載の柱の一つは胃癌の診断にあるわけですが、先生の方法が胃癌の早期診断にどのような貢献をしたと思われますか。
   「着色法を開発した当時は、この方法で早期胃癌診断もすべて解決した、と大喜びしたものでした。その後、症例を重ねるに従い、着色できない早期胃癌もかなりあることが分かってまいりました。こういった症例は、胃癌組織が胃内面に露出していない症例で、癌組織が正常粘膜や再生上皮で覆われていて、色素液に直接触れることがなく、着色現象が成立しないわけです。特に未分化型癌にはこの傾向が強く見られるのはご承知の通りで、この非着色症例が早期胃癌の20%~30%に見られます。したがって、早期胃癌の発見にルーチンにこの着色法を利用することには限界がある、と結論されたのです。さらに、高分化型腺癌には腸上皮化生が併存する率が高く、癌と腸上皮化生との着色を区別できない場合もあるわけです。
   現在では、早期胃癌の診断にこの着色法は使われておりません。ただ、癌の浸潤範囲が不明な症例や多発病巣の発見には時折使用されている程度です。むしろ、腸上皮化生の診断や腸粘膜の吸収機能の診断によく使われるようになったのです。したがって、色素着色法は胃癌の早期診断にはあまり貢献できなかった、というのが本音です。」

色素反応法

   胃の分泌機能を内視鏡的に捉えようとする試みはLernerら(1942)に始まる。Schindler(1950)は「胃体部粘膜のどの部分に酸分泌機能があるか」を内視鏡的に識別することは困難であると述べている。
   反応法の代表であるコンゴーレッド法は、これまで述べた色素染色法などと違って、胃の機能をみる検査法で、粘膜自体の色調をみる方法ではない。奥田茂(大阪成人病センター、写真(4))らは1965年コンゴーレッド色素の水溶液を胃粘膜に付着させ、刺激時の胃酸分泌を観察することにより、酸分泌機能を有する胃底腺粘膜の拡がりを内視鏡的に捉える方法を考案し、内視鏡的コンゴーレッド法として第3回世界消化器病学会、第1回世界内視鏡学会に報告した。本法は現在では簡便かつ正確なものとなり、酸分泌機能の面よりの諸種胃疾患の病態生理の解明や早期胃癌の診断に大いに役立っている。

(4)奥田茂先生

   ──奥田とともにコンゴーレッド法の開発者である竜田正晴先生におききしました。
   「“胃の主要な機能である酸分泌を何とかして内視鏡で観察したいということで色々な試みをしていたが、はじめはうまくいきませんでした。しかし、ある日研究室でこの話をしていると、研究員が偶然、濾紙の上にこぼしたCongo red溶液が黒変するのを見、Congo red色素を用いることを思いついた”と奥田先生から聞いたことがあります。今広く用いられているCongo red法がまさに偶然の出来事から開発されたことは驚きで、色々な発想や開発には、やはり偶然を生かす能力の大切さを痛感しています。またこの検査法の受験者第一号は奥田先生自身で、パイオニア先生方の内視鏡の開発にかける情熱にはただただ頭が下がる思いでいっぱいです。この当時は酸分泌刺激剤としてヒスタミンを用いていたのですが、顔面紅潮、心悸亢進など患者に対する苦痛も大変なものでしたが、その後、ガストリンの導入や噴霧スプレーヤーの開発などにより、本法は現在では簡便かつ正確なものとなり、酸分泌機能の面よりの種々の胃疾患の病態生理の解明や早期胃癌の診断に大いに役立っています。最後にもう一言つけ加えるとすれば、本法が内視鏡で消化器機能を知ろうとする「機能内視鏡」の開発への扉を開いたのではないかと自負しています。」

   竹本忠良先生に色素法の思い出を語っていただきました。
   「色素法については、当時、順天堂大学山川内科にいた津田靖彦・青木誠孝の色素散布法をたいへん高く評価していました。もともとは循環器が専門だった山川邦夫(昭和15年卒)教授は、常岡健二先生に腹腔鏡を習ったと聞いたことがありますし、1966年(昭和41年)の第1回世界内視鏡学会のときの青木誠孝らの発表を自慢しておられたので、もしご存命だったらと、定年まで順天堂にお勤めだったら、おそらくご尊父だった山川章太郎教授(東北帝大教授)の専門の消化器領域まで手を拡げられたことでしょう。ご承知の通り近藤台五郎先生も毛並みのよい先生でしたし、山川教授のめざされる方向をご存知だったでしょう。青木君の仕事をかなり高く評価しておられました。
   のちにコントラスト法といわれたように、青木法については、私は、もともと内視鏡が特異の色調を殺してまで、X線とは観察の軸を変えて、凹凸変化だけを強調して、ここに内視鏡のLupenvergrosserung 効果を加えて、微細病変を視るための大変よい方法だと考えていました。つまり拡大視との視覚的なつながりを求めていたのです。
   白壁彦夫教授と青木とは必ずしもソリがあわず、学究としては素直な評価を受けず、むしろ不遇でした。鈴木茂教授のメチレンブルー染色法は、あんな簡単なことで、腸上皮化生がわかるとは、当時は横山泉の仕事で分かるように、腸上皮化生について、特異型とかスレート型とか大きな関心をもっていただけに、確かに簡単な方法だっただけに大きな驚きでした。ただ、メチレンブルー染色液の濃度・散布量と腸上皮化生の組織との関係などが深く追求されずに、単に定性的な方法に留まっていたこと、染色法とコントラスト法を兼ねた形に終わってしまったことが不満でした。
   色素反応法というか、コンゴーレッド法については、1953年の胃酸分泌に終始した北海道の和田武雄らの、微量の塩酸分泌によって胃腺開口部は黒点として認められるという業績を引用しておくべきでしょう。
   ついでにいうと、私が、当時の内視鏡学会に、通常内視鏡でもって腺境界が識別できることがあり、その萎縮移行帯は、粘膜色調差・ニボー差などとして表現されると発表したときに、腺境界など、コンゴーレッド法をやれば簡単に分かるんだと、奥田茂君が追加発言したことを覚えています。彼には通常内視鏡でも境界部が見えるという意味が、その当時のこと、よく理解できなかったものかもしれません。
   たとえ、同時代の出来事ではあっても、起こった現象をすべて網羅することは到底できそうにないことですが、色素法の元祖争いさえいくらか起こっているようです。私は、日本の色素法の歴史は、世界内視鏡学会(1966、東京)の発表をもって、奥田茂らと津田靖彦らの二つのグループによって別々に始まったというふうに理解しています。」

文献

1)津田靖彦ら:特殊な方法による胃微細病変の観察 Gastroent Endosc., 8, 412(1966)
2)井田和徳ら:胃内視鏡検査における色素散布法の応用-第1報基礎的検討-、Gastroenterological Endoscopy, 14, 261~266(1972)
3)鈴木 茂ら:胃内視鏡的色素着色法の研究、Gastroenterological Endoscopy, 15, 681~688(1973)
4)Okuda., et al. : An endoscopic method to investigate the gastric acid secretion. Proc 1st. Congr. Intern. Soc. Endoscopy, Tokyo(1966)

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