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他科医に聞きたいちょっとしたこと

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胃全摘後のいわゆる悪性貧血の治療について(2007年8月1日発行)

質問

以前当コーナーでご回答いただき、胃全摘後、長期生存でビタミンB12(以下B12)欠乏を伴う大球性貧血者には錠剤のみならず、定期的にB12製剤の皮下注射を行ってきましたが、1年ほど前にB12は内服でも補えるようだとの説を耳にし、今はメチコバールRの内服で通しています。同法では、高かったMCVが正常化する例と、高いままの例とに二分されますが、総じて治療前に正常下限より低値であった血中B12濃度は正常化し、HbやHtも改善する傾向があるようです。内因子の存在に懐疑的にすらなってしまうのですが、このあたりについての真相をご教示ください。本当にB12の注射は不要でしょうか?
(兵庫県・小黒 厚、消化器外科)

回答

東京大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科 教授 黒川峰夫

   ビタミンB12(以下B12)欠乏による貧血は、比較的最近の調査から、日本では一般人口10万人当たり約2人と推測されています。B12欠乏では、貧血に加えて消化器症状や様々な神経症状をきたすことがあり、適切な治療や予防が大変重要となります。食事で摂取したB12は胃粘膜から分泌された内因子と結合し、回腸末端で吸収されます。自己免疫的機序などにより萎縮性胃炎を起こすと内因子の分泌が低下し、B12の吸収が不良となり貧血をきたします。これが悪性貧血と呼ばれるもので、B12欠乏による貧血の約3分の2を占めます。残りの大部分は、ご質問の胃切除後のB12欠乏によるもので、やはり内因子欠乏によるB12の吸収障害が病態の基本です。胃の全切除ではB12欠乏は必発であり、無治療の場合は貧血発症までの期間が2~10年、平均5~6年といわれています。したがって胃の全切除後はB12の定期的な補充が必ず必要です。一方、胃の部分切除後の頻度は1~2%で、B12の補充は必須ではありませんが、B12欠乏症の可能性を念頭に置いて経過観察をすることが必要です。
   さてご指摘のように、胃切除後のB12欠乏には、その病態から見てB12の非経口投与(筋注)が原則とされてきました。しかし筋注には疼痛や通院などの患者負担が伴う上に、出血傾向のある例などでは、軽視できない合併症につながる可能性もあり得ます。また経口投与に比べれば、医療スタッフの負担も大きくなります。B12は内因子との結合がなくても、単体で受動的にある程度吸収されることが知られています。総吸収量の1~2%がこの受動的吸収によるもので、この吸収は内因子欠乏状態でも保たれています。そこで経口投与でB12を補充するという試みが行われており、現在までに経口投与の効果を示唆する複数の臨床成績が出されています。一般的に投与量は1,000~2,000㎍/日が推奨されています。
   その中で、B12の筋注投与と経口投与を無作為割付で比較したという点で注目される研究が2つあります。そのうちの一つで、KuzminskiらはB12欠乏症の33例に対して、2,000㎍/日の120日間連日内服、あるいは筋注による1,000㎍の計9回(第1、3、7、10、14、21、30、60、90日)投与を行い、血清B12濃度や貧血の推移などを4カ月間にわたり追跡しました(表1)。その結果、4カ月後の時点で2群間で貧血の改善に差がなく、血清B12濃度はむしろ経口投与群で高いという成績が出ています(表2)。
   一方、Bolamanらは60例のB12欠乏症に対して、筋注あるいは経口により1,000㎍/日のB12を10日間連日の後、週1回で4週間、その後は月1回の投与を行い、血清B12濃度や神経症状の改善を比較しています。90日間の観察では、両群とも良好な血清B12濃度の上昇が得られ、神経症状の改善に差を認めていません。ともに効果的な経口投与法ということができます。両研究とも萎縮性胃炎に基づく内因子欠乏例が多数を占めますが、Kuzminskiらの研究には、消化管手術後の吸収障害例も含まれています。
   このように、すでに経口投与によるB12補充を是認するための一定の根拠があり、吸収障害に対するB12補充は筋注投与という原則は、変革を迫られているといえるでしょう。その一方で、最終的な結論を出す前に検討しなければならない点もあります。まず今回挙げた2つの研究では、比較的少ない症例数の解析に留まっています。さらに観察期間が3~4カ月と短いため、経口投与による長期の成績が明らかになっていません。また消化管手術後の吸収障害の症例が少ない上に、胃切除例に対する予防投与の効果を評価するものではないことも留意する必要があります。実際に経口投与で十分なB12濃度の上昇が起こらない例も報告されています。場合によっては、コンプライアンスの問題で決められたとおりの服用ができないこともあるかもしれません。このような問題は今後の臨床研究で明らかにされるかもしれませんが、現状では胃切除後のB12欠乏に対する補充を経口投与で始める場合、血清B12濃度や貧血などの症状を慎重に観察し、補充効果が不十分であることが疑われれば、筋注投与に切り替えるというのが、妥当な対応と考えられます。

表1:代表的な臨床研究におけるVB12経口投与の方法

  1. 1.Kuzuminsiki ら
    2000㎍/日を120日間連日
  2. 2.Bolaman ら
    1000㎍/日を10日間連日に続いて、週1回で4週間の後、月1回の投与を継続

表2:Kuzminski ら(文献1))による経口投与と筋注投与の比較(文献3)より改変)

治療前 4カ月後
筋注 経口 筋注 経口
血清VB12(pg/mL) 95±92 95±46 325±165 1005±595
ヘマトクリット(%) 39.5±2.9 37.6±6.2 40.6±4.4 40.5±2.9
MCV(fL) 102±11 100±12 91±7 90±7

文献

1)Kuzminski, A.M., et al. : Effective treatment of cobalamin deficiency with oral cobalamin. Blood, 92, 1191~1198(1998)
2)Bolaman, Z., et al. : Oral versus intramuscular cobalamin treatment in megaloblastic anemia : a singlecenter, prospective, randomized, open-label study. Clin. Ther., 25, 3124~3134(2003)
3)Butler, C.C., et al. : Oral vitamin B12 versus intramuscular vitamin B12 for vitamin B12 deficiency : a systematic review of randomized controlled trials. Fam. Pract., 23, 279~285(2006)

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