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パリエットについて

パリエット開発物語

掲載記事は発行時(2007年)の内容です。

パリエット開発のエピソード  村上 学

 PPI開発の“SHKA”プロジェクトが立ち上がって1年余、目標としたリード化合物が見つからず行き詰ってきた時に、当時の評価チームの藤本昌俊リーダーの発案で、筑波神社で特別祈願することになった。かなりの額の祈願料を納めたと記憶している。SHKAチーム全員が粛々と祈祷を受け、その夜は、“お清め”と称して筑波神社近くの筑波温泉ホテルに泊まり、夜を徹して議論し(?)飲み明かした。チームの一人ひとりが、新たな出発とプロジェクト成功を心に秘め翌朝山を下りた。
“SHKA”プロジェクトは、口の悪いのは“オシャカ”と冷ややかに見つめていたが、新たなメンバーも加わり大部隊が再度の船出をしたわけである。その全員の馬力たるや凄まじいものがあった。本プロジェクトも含め燃える集団の筑波研は“不夜城”と化し、全国的に有名となった。その1年後(実は自分は途中でNIHへ留学してしまったのであるが・・・)、左右田・藤本SHKAプロジェクトチームは、合成番号692を見出すに至った。これがRabeprazole(現在のパリエット)である。
筑波神社の御加護を得て当時の調査報告(臨床導入のための社内承認)を達成したのである。その後も承認申請審査の過程でもいろいろ加護を受けていたのではないかと自分は今でも思っている。
科学者も最後は“神頼み”というところは、人間味があふれていて面白い。この神がかったパリエットと同時期に競い合ったアリセプトがともに国際商品として育成され、今のエーザイを支えていることは感慨深いものがある。

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